【写真に残らなかった話】誰にも見せなかった、朝6時の湯気
colorweaver
千景万色堂
その日の光、音、心の沈黙。
見せなかった、けれど忘れられなかった瞬間について。
あの冬のコートが、自分に似合うかどうかは、最後までわからなかった。
マネキンはいともたやすくそれを着こなしていて、
がんばれば、私の肩にも似合わなくはなかった気がする。
だけど、何度か首をかしげて、
結局私はそのコートを買わなかった。
「もう少しやせてから」とか
「もっとシックな色だったら」とか
心のなかでいろいろな言い訳を並べたけれど、
本当はたぶん、それを着こなすイメージが持てなかった、
つまり自分に自信がなかっただけだ。
店を出たあとの道すがら、
自分のコートがやけに暑く感じて気になった。
そして、その少し古びたアウターで冬を越した。
いま思えば、あのコートを買っていたら、
着ていく場所をつくる努力を、少しはしたのかもしれない。
誰かと会う予定を増やしたり、
ちょっといい靴を買いに行ってみたり。
でも私は、それをしなかった。
今でもときどき、どこかで似たコートを見かけると、
首をかしげていた自分を、ふと思い出す。
誰にも言わなかったけれど、
私はほんの少しだけ、
変わることを諦めたのだと思う。
それは後悔というよりも、
静かに折り合いをつけたような、そんな記憶だ。
☁️ このシリーズは不定期で続いていきます。
気に入った話があれば、ブックマークやSNSでそっと教えてください。
日々の中にある “写真に残らなかった時間” を、
これからも言葉にしていけたらと思っています。